塚原千恵子の子供は息子で塚原直也。若い頃の画像が可愛い、美人と話題

受け継がれた DNAが全てではありませんが、時に 親から引き継いだDNAが大いに活躍するケースがあります。

塚原千恵子さん、彼女の体操DNAは 最強夫と組み合わさることで、さらにさらに最強になりました。

日本歴代初、 親子金メダルを取った息子は一体どんな人なのでしょうか?

塚原千恵子の子供は息子で塚原直也

塚原 千恵子(つかはら ちえこ、1947年8月12日 – )は、 長崎県出身の元オリンピック女子体操選手・指導者

旧姓は小田。

長崎県立長崎西高等学校-日本体育大学。

元オリンピック体操選手だった 塚原千恵子さんには同じくオリンピックを目指していた 息子さんがいらっしゃいます。

彼の名は塚原直也さん。

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現役時代は良くテレビにも出ていたので知っている人も多いのではないかと思います。

夫は1968年メキシコシティーオリンピック・1972年ミュンヘンオリンピック・1976年モントリオールオリンピックで 金メダルを取った 元体操選手の塚原光男、息子に 2004年アテネオリンピックの体操団体で金メダルを取った体操選手の 塚原直也がいる。

オリンピックで活躍したのは 塚原千恵子さん息子さんだけではなく、なんと旦那様の 光男さんまで活躍し、なんとなんと、 彼も金メダルを獲得していたのです。

なんて凄い体操一家なのでしょうか!?

現在ご家族は 3人とも体操の指導者として活躍しています

塚原直也は男子体操競技の元選手・指導者

2012年ロンドンオリンピック出場に向けて選手として続けていくことにしましたが、日本では 若い選手たちがグングンと力をつけていたためどれだけ頑張っても難しいという判断だったようです。

そこで目をつけたのが 国籍を変えて日本人としてではなく他国の籍でロンドンオリンピックに出場するということ。

猫ひろしさんも同じように国籍を変えてリオデジャネイロ五輪に出場しています(カンボジア国籍)

オーストラリアの体操のレベルは日本に比べ格段に低かったことを知っていた塚原直也さん。

ここ最近塚原直也さんの姿を見なくなったなぁと思っていたら、なんと、若手があまりにも活躍してしまって、 オリンピックに出ることが難しくなり、日本からの出場は諦めていたのです。

あれだけの実力者でも日本代表になるのは難しいなんて…。

オリンピックの日本代表に選ばれる人って 本当に凄い人たちなんですね!

2009年にオーストラリアに体操留学を開始。

しかし 国籍取得手続きが間に合わず2012年1月開催の五輪最終予選の代表を外れています。

結局 オーストラリア国籍を取得できたのは2013年4月のこと。

夢は叶いませんでした・・・。

諦めきれず2016年のリオデジャネイロオリンピック出場を目指すがすでに38歳だった塚原直也さん。

体力の限界か、オーストラリア代表選考会で3位に。

2016年3月に現役引退していました。

最後の最後まで頑張って、 代表選考では3位まで上がっていたのですが、体力の限界を感じ現役を引退することになります。

ここまでやり切れば「 もう悔いはない」と思ったのかもしれませんね。

恐らく塚原直也さんを 日本代表から追いやった若手とは内村航平さんだったのではないでしょうか…。

内村航平さんって体操選手たちにとってバケモノ的存在なのでしょうね…。

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塚原直也の現在の肩書

2016年4月から朝日生命体操クラブの総監督に就任しており、2020年に開催される東京五輪に出場する選手の育成に取り組んでいます。

現役を退いた塚原直也さんは父や母と同様、 指導者として活躍されています。

父&母と同じクラブで指導者になることを決意し、現在は朝日生命体操クラブという大きな会社で総監督を務めていらっしゃいます。

肩書①朝日生命体操クラブ総監督

朝日生命体操クラブはもともと朝日生命という会社の 実業団チームでした。

その後塚原光男さんが男子、嫁の塚原千恵子さんが女子の指導を行い、オリンピックに多数の代表選手を送り出しました。

そのことから考えると塚原夫妻の指導力はかなりあったという事かもしれません。

さらにその後 塚原夫妻が経営を引きつぐという形で現在に至っています。

今の朝日生命体操クラブの 総監督は塚原夫婦の息子である 塚原直也さんが務められています。

朝日生命体操クラブは塚原千恵子さんと光男さんが、当初は 小さな実業団チームだったところからビッククラブに育て上げた体操クラブです。

大きいクラブなだけに監督の人数も多い為、 塚原直也さんは総監督を務められているそうです。

肩書②朝日生命体操教室技術アドバイザー

朝日生命体操クラブにて 11歳から体操を始め、明星学園小学校、明大中野高校、明治大学卒業。

朝日生命所属。

インターハイ2連覇、NHK杯3連覇、全日本選手権5連覇(1996-2000年、当時の歴代最多タイ記録)と長きにわたって日本のトップに君臨。

1999年(平成11年)には世界選手権個人総合2位に輝く。

高校時代より父・光男の現役時代の好敵手だったニコライ・アンドリアノフの指導を受ける。

オリンピックは3大会連続出場し、 日本体操の低迷期を支え続けた

ついに2004年(平成16年)、アテネオリンピック団体総合にて 金メダルを獲得した。

なお、 日本のオリンピック史上初の親子金メダリストである。

2008年5月のNHK杯では8位に入賞するが、北京オリンピックの代表には選出されなかった。

その後も現役を続行する一方、父・光男が校長を務める「塚原体操センター」で技術アドバイザーを務め、後進の指導にも当たる。

幼い頃から英才教育を受けて体操の エリート選手へと駆け上がっていった塚原直也さん。

日本オリンピック史上初の親子金メダルを達成するなど、その功績はもはや 日本の宝となりました。

現在は総監督を務めるとともに、 技術アドバイザーも兼任し、日本体操界の育成に貢献されています。

きっと、自分ができなかったこと、もっとこうしていれば良くなったのに…という点を若い世代に伝授しているはずです。

これからの日本体操界が とても楽しみですね!

塚原千恵子の若い頃の画像が可愛い、美人と話題

「あの、マドンナの小田千恵子がねえ…」と、スポーツ好きの古い友人が苦笑した。

いまでこそ大層ふくよかな体形だが、女子体操で団体4位に入った1968年メキシコ五輪のメンバーの頃はもちろん スリムで、そそとした美人で知られ男性ファンも多かった。

「当時はまだ新体操がなく、レオタードの大股開きは器械体操だけ。

あんな美人が、すごい格好するなと子供ながら夢中で見てたものだ。

いまさらながら時の流れは残酷だね」と友人。

わずかな古いモノクロ画像からも美貌がしのばれる。

夫の塚原光男副会長(70)は同学年で、 日体大の入試のとき偶然同じ机に並んだという。

確かに若い頃の塚原千恵子さん、 本当に美少女で驚きました。

これだけ可愛くて実力もあったなんて、当時はとても有名な選手だった…

今でいう浅田真央さんくらいの感じだったのかもしれませんね。

レオタード姿が男性から人気だったなんて(笑)

「そんなところを見てるんかい!」と突っ込みたくなりますが、この美貌では仕方がなかったのかもしれませんね。

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