今回は女優の紺野美沙子(こんの みさこ)についてみていきましょう。
目次
紺野美沙子の子供は息子が1人いた!大学は慶應大学と噂?
1992年、32歳の時に、TBSのテレビ事業局文化事業部のプロデューサー、篠田伸二さん(2016年3月にTBSを退職)と結婚した紺野美沙子さん。
篠田さんとの馴れ初めにはいくつかの説があります。
一つは、紺野さんが出演していたドラマに篠田さんが関わっていたことがきっかけだと言われており、もう一つは、友人の紹介によるものとも言われています。
二人が出会った当初はグループでの交際があったものの、次第に二人だけでのデートが増え、初めてのデートからわずか二週間で結婚の決意を固めるというスピーディーな進展を見せました。
篠田伸二さんは上智大学外国語学部ポルトガル学科を卒業し、紺野美沙子さんは慶應義塾大学文学部国文学科を卒業するという、高学歴夫婦です。
結婚後は横浜市内に住み続け、1995年には長男を出産。難産だったことと、長男が一人だけであることから、幼少期から手厚い教育を施してきました。
長男は横浜市緑区にある森村学園幼稚園に通い、その後も森村学園の初等部、中等部、高等部と一貫して進学。森村学園の中高一貫教育は、単に学力向上だけでなく、学問間の垣根を取り払い、理系科目と文系科目を融合させたカリキュラムを提供しています。
これは、グローバルな知力を育てるためのもので、志望大学への合格という結果に結びついています。卒業後、長男は慶應義塾大学に進学しました。
紺野美沙子さんの育児方針には、子どもが自分の興味を思う存分追求できるようにするという、モンテッソーリメソッドが影響を与えています。
この教育法は、特にアメリカで人気があり、日本でも一部の幼稚園で取り入れられています。子どもの自主性を尊重し、その個性を最大限に引き出すことを目的としています。
森村学園幼稚園がモンテッソーリメソッドを採用していたかは不明ですが、紺野さんの教育方針と一致していると思われる点は、子どもが豊かな自然環境の中で楽しく遊ぶことを重視している点です。
これは、紺野さんの理念にも通じる部分があります。
息子は結婚しているのか
紺野美沙子さんの息子さんは現在、社会人として活躍しています。
これに伴い、家庭を持っている可能性も考えられます。しかし、彼が結婚しているかどうかについては、現時点で確認できる情報はありません。
一部の情報源では、結婚している可能性があるとも言われていますが、信頼できる情報に基づいた確認はできていない状況です。
この件について新たな情報が入り次第、当ブログで追記していく予定ですので、引き続きご注目ください。
現在の職業
紺野美沙子さんの息子さんについて、最近の状況をご紹介します。息子さんは1995年に生まれ、現在は社会人として活躍しているとされています。
彼は大学を卒業後、大学院に進学することなく、実家を離れて独立した生活を送っています。
コ〇ナ禍以前に実家を出たとのことなので、すでに一人前の社会人として仕事をしていることは間違いないでしょう。
ただし、息子さんが現在どのような職業に就いているかについては、明確な情報がありません。
サラリーマンとして企業に勤めているという情報もあれば、自らのスキルを活かして独立して活動しているとの噂もあります。そのため、現在の具体的な仕事についてはまだ不明です。
紺野美沙子さんの息子さんは一般の方であるため、詳細な情報は公開されていません。
新しい情報が得られ次第、このブログで追記していく予定ですので、ぜひ今後の更新をお楽しみにしていてください。
親子仲
紺野美沙子さんは、1999年に著書『「怪獣」のそだてかた』を出版し、その中で子供への思いをこう綴っています。
「子供の持つ力を信じて。家庭はみんなが安らぐ場所」
紺野美沙子さんは、子育てに対して深い情熱を注いできましたが、その過程には様々な葛藤や悩みもあったようです。
著書の中には、思うようにいかない自分自身に対するもどかしさが描かれており、その苦労の跡が感じ取れます。それでも、息子さんは今や立派な社会人として成長しています。
紺野美沙子さんが息子さんを一人の社会人として見守る一方で、息子さんは母親をどのように感じているのでしょうか。
また、紺野美沙子さんは芸能活動だけでなく、国連開発計画(UNDP)の親善大使としても活躍しています。親善大使の役割は、途上国の人々を励まし、先進国に対してUNDPの活動を広めることです。
彼女は全国を巡り、UNDPの活動を紹介し、支援を呼びかけています。また、自らの資産を寄付するなど、積極的に貢献しています。
紺野美沙子さんがUNDPの親善大使を務めてから20年が経過しました。
息子さんが幼い頃から母親が国連の仕事をしていたため、物心がついた時にはすでにその活動を見ていたことでしょう。
教育に力を注いできた紺野美沙子さんは、息子さんにも自身の活動を伝えていたはずです。
そのため、家を空けることにも理解があったかもしれません。
将来的には、息子さんも母親の社会貢献活動に参加する日が来るかもしれませんね。
さらに、紺野美沙子さんは朗読活動も行っています。
戦争や天災の悲惨さを伝えることで、多くの人々にその重要性を考えてもらおうとしています。
子供の頃に読み聞かせをしてくれた母親が、全国の人々に語りかける姿は、息子さんにとっても誇らしいことでしょう。
きっと、母親の活動を深く尊敬し、感謝しているのではないでしょうか。
紺野美沙子の夫・篠田伸二は元TBSの職員だった!
紺野美沙子さんは、1992年に夫・篠田伸二さんと結婚しています。
篠田伸二さんは2016年3月末でTBSを退職していますが、当時はTBSのテレビ事業局文化事業部プロデューサーを務めていました。
篠田伸二さんは愛知県出身の57歳で、紺野美沙子さんより1歳年下です。
上智大学外国語学部ポルトガル語学科在学中に、ブラジル・サンパウロの企業でインターン留学生として1年間ブラジルで過ごすなど、紺野美沙子さんにぴったりの高学歴です。
上智大学を卒業した篠田伸二は、TBSに入社します。
ドキュメンタリー番組の制作時代が長く、報道・情報番組を得意としています。
TBSの広報部長の経験もあり、番組の宣伝や、デジタル事業戦略や横浜ベイスターズへの出向経験もあります。
最近は、「あしなが育英会会長の要請」によりドキュメンタリー映画「あしながおじさん」(英題「Daddy Long Legs」を制作・完成し2017年にTBSを退社しています。
紺野美沙子が女優として人気絶頂期だった年に結婚していますが、今もお互い仕事と家庭を両立するおしどり夫婦として知られています。
旦那・篠田伸二の現在の会社はクラウドファンディング関連?
TBSを退職した篠田伸二さんは、株式会社2s(トゥース)を設立し、代表取締役として映像制作や舞台演出を手がけています。
政策資金はクラウドファンディングを通じ、賛同者から資金を調達しています。
クラウドファンディングとはネットを利用し、ある一定の金額と一定の期間を設けます。
例えば1ヶ月の間に1000万円募集などと公募し、事業の目的とその成果をネット上に知らしめます。
成果を達成した場合、何らかの報酬やプレゼントを見返りに提供しますが、ボランティアなどに関しては見返りがないものもあります。
なかなか大変そうな仕事をしていますが、TBS社員時代に培った人脈で成功しているようですね。
旦那・篠田伸二との馴れ初めは飲み会だった
1990年に放送されたドラマ「誘惑」など、紺野美沙子さんはTBS関連のドラマ出演が続いているときがありました。
そんな中、2人はグループ交際を経てから初デートをして、たった2週間で結婚の約束に至ります。
2018年1月24日にテレビ朝日で放送された「あいつ今何してる?」にゲストとして出演した紺野美沙子は夫の篠田伸二との馴れ初めについて語っています。
夫の篠田伸二はTBSのプロデューサーだった時代に、篠田伸二がプロデュースするTBSの東芝日曜劇場に紺野美沙子もよく出演しており、仲間で呑みに行くことが多かったと馴れ初めについて話しをしています。
しばらくの間グループでの集まりで顔を合わせていた紺野美沙子と篠田伸二でしたが、ある日二人っきりでデートをすることを決めました。
二人きりでデートをした2週間後には紺野美沙子は篠田伸二と結婚することを心に決めたと「あいつ今何してる?」で語っています。
紺野美沙子さんはデビューしてから、TBSのドラマに出演した回数がとても多いです。
1979年のドラマ「家路PART2」から、篠田伸二さんと結婚する1992年まで、約30本のTBSドラマに出演しているのだとか。
TBSで顔を合わせることが多かった2人は、自然と惹かれあっていったのでしょう。