井門宗之の子供と結婚した妻まとめ。声はいいが嫌いという意見が

今回はラジオパーソナリティの井門宗之(いもん むねゆき)についてみていきましょう。

 

井門宗之には子供はいる?

大学在学中にDJライセンス1級を取得し、コミュニティFMでの2年間のDJ経験を経てジャパンエフエムネットワークへ入社した井門宗之さん。

ADとして奮闘しながらラジオパーソナリティの仕事を学び、2003年10月よりパーソナリティに就任します。

今では リポーター・パーソナリティ・ニュースキャスターと幅広く活躍している方ですね。

私生活では、 2007年に一般女性と結婚していて、お子さんが誕生しています。

2011年5月に『デイリーフライヤー』(自身の担当日)で妻の妊娠を発表、同年9月11日に 第一子が誕生

自身の担当している番組で、喜びの報告をしたようですね。

 

井門宗之が結婚した妻(嫁)はどんな人?

井門宗之さんは2007年に結婚していて、2011年5月に 自身の番組内で奥さんが妊娠していることを発表しています。

奥さんについての詳細は分かりませんでしたが、井門宗之さんと奥さんはかなり仲良しのようです。

 

愛妻家として有名な井門宗之

井門宗之さんは かなりの愛妻家として、ラジオのリスナーや、ツイッターのフォロワーに認知されているようです。

ブログをチェックしてみると、少し前から更新が止まってしまっているようですが、奥さんとお子さんの事を書いた記事がありました。

お子さんと手をつないで歩く画像もあり、お仕事はお忙しい方だと思いますが、奥さんもお子さんも大切にされているんだろうなという印象を受けました。

仕事も家庭も大事にする、とても素敵な方なのですね。

 

井門宗之の声が良いと話題

井門宗之さんの声について調べてみると、ちょっと 低めの声で心地よく聞こえますね

顔の見えないラジオでは声が命だと思いますが、とてもやわらかい雰囲気でステキだと思います。

井門宗之さんは実際、 イケメンだし声も好き!というファンも多数いるみたいです。

 

井門宗之が嫌いとの声が多数?

井門宗之さんを調べていくと、 「嫌い」というワードが浮上してきます。

しかし、井門宗之さんが 嫌いという具体的なエピソードはなく、むしろ好きという声が多数ありました。

何か別の出来事に関連して浮上してきているだけかもしれませんね。

 

井門宗之がラジオパーソナリティを目指したきっかけは?

井門宗之さんが 現在の職業を目指したきっかけは、 小学校6年生の時に国語の朗読で教師から「読むのが上手い」と褒められたことだといいます。

中学生の時も国語教師や友人の母親から自身の声を褒められ、やはり アナウンサーになる事を勧められた。

その後、高校3年生の時にAIR-G’の女性パーソナリティから励まされた事(後述)が自身もラジオパーソナリティになろうと思ったきっかけとなった。

小学生の頃からラジオのローカル番組を聞いていたといいますから、ラジオパーソナリティになるのはこの頃から意識していたのですね。

井門が高校3年生の時に彼女の就職が決まり、一緒に旅行に出かけたが、 旅行先で彼女が交通事故死してしまう。

その葬儀の帰りに車中で聴いていたラジオから流れてきた声を「俺がこんなに落ち込んでいるのに、なんでこんな賑やかに喋っているんだ」と感じた井門は、 好きだったラジオから距離を置いてしまった。

その後、暫くしてたまたまAIR-G’の番組に「(前述の)こんな出来事が起こってからラジオを聴かなくなってしまったけど、FAXを送ればスッキリすると思った」という内容のFAXを送った所、女性パーソナリティが涙ながらに読んで励ましてくれたという。

この言葉で鬱々していた気持ちが楽になった井門が「 見ず知らずの人間に肩を叩けるなんて凄い仕事」だと感じ、ラジオパーソナリティを目指すきっかけとなった。

かなり辛い経験をしていたのですね・・・

その経験を糧に、ラジオパーソナリティを目指したようです。

 

井門宗之の経歴について

井門宗之さんは DJコンテスト(TOKYO FM主催)で優勝した際に、審査委員長を務めていた立花裕人さんから「将来プロになると思うけど、自分の声を過信せずにきちんとキャラクターを作りなさい」とアドバイスを受けたそうです。

TOKYO FMのアナウンサー試験を受け、面接官より「 今年は男性アナウンサーを採用しない」と告げられたので早々と見切りを付け、他の試験を受けようとしてデモテープまで用意していた。

しかし何故か三次面接の連絡があり、同様の遣り取りを繰り返すうちに四次面接・ 最終面接まで呼ばれるようになった

その最終面接で「もし採用後、アナウンサー以外の部署に配属されたらどうする?」と質問された井門は、不採用だろうなという前提だったが言わないと自身の気持ちが収まらず。

若さの勢いも手伝ってTOKYO FMの社長や役員達の目前で「ラジオの仕事は嬉しいのでどこでも働く覚悟はあるが、職務中に死ぬ様な事があれば 一番の本望はパーソナリティ」と返答してしまう。

TOKYO FMから不採用の連絡があった際は、同時に JFNCの試験を受ける様に依頼されたそうです。

最終的にJFNCに入社が決定し、現在の人気パーソナリティの座を獲得したわけですね。

今では 「読者が選ぶ好きなDJランキング」(第5・6回)FM部門で2年連続1位となるほどの人気DJです。

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